学校で、特別支援教育の推進を阻むもの。それは、「全員一律」というヒドゥン・カリキュラムです。
わたしは、全員一律、を否定しているわけではありません。
例えば、朝、全員一律「おはようございます」と挨拶するのは当たり前だと思います。
全員一律、でなくてもよいもの。それがわかりにくいのが問題なのだと思います。
例えば、給食は全員一律でしょうか?
アレルギー対応がようやく常識化してきました。
例えば、板書を書き写すのは全員一律でしょうか?
このあたり、答えがありません。
だから、タブレットを使えば板書を書き写すことができる、とか本末転倒な支援の話になっていくのです。
板書を写すのは本当に全員一律必要でしょうか?